2008年05月10日
舒文堂とは
午前中は雨で、街中の人出もこころなしか少ないようです。
静かな土曜日もいいな、と思いますけれども。
本日は、舒文堂という屋号のお話です。

これは落合東郭という人の揮毫です。以下落合東郭先生についてネット上で知りえる情報を掲載してみます。
落合東郭 (慶応3・11・19-昭和17・1・9)
名は為誠。字は士応。別号・可窓夢読騒人。肥後熊本の人。堂号を燕帰草堂。元田永孚(東野)の外孫。第五高等学校で教鞭を執った時、長尾雨山。夏目漱石と同僚であった。詩は森槐南の指導を受けた。人品・詩品とも高く 『王漁洋』を宗として神韻縹渺・餘情豊かな詩風。当代屈指の名手と賞賛された。著書に「燕帰草堂詩鈔」五巻がある。
この方が、3代目店主豊太郎と交流があって、
うちが頼み込んでつけていただいたのが
舒文堂という屋号です。それまでは川口屋と号していたようです。
時は昭和十二年夏、すでに豊太郎は他界していましたが
亡き父の遺志を母からきいた4代目又生は、
東京から帰郷した落合先生に屋号をお願することになります。
すると数日して来店され
「君の店には昔から国の文化に貢献した学者文人等が
多く来ていたからこの舒文堂がいいと思う。
大いに国文を昌んにし国の文化を広めるように」
とおっしゃられたそうです。
この揮毫はその時お持ちいただいたものです。
佩文韻府中(はいぶんいんふちゅう)という漢詩の一節で
「舒文重国華」
文ヲ舒(の)ベテ国華ヲ重ンズ
という文句の頭の2字をいただいたものです。
舒はのばすという意味で
文化、文物を広め国華を大事にする
ということです。
国華とはつまり社会的なすばらい業績や成果のことであると思います。
ですからうちのキャッチコピーは
「書物文化の愉しみをひろげる店」
とさせていただいてます。
今も店内に先生の揮毫が掲げられていますので
御来店の際はぜひご覧になってください。
静かな土曜日もいいな、と思いますけれども。
本日は、舒文堂という屋号のお話です。

これは落合東郭という人の揮毫です。以下落合東郭先生についてネット上で知りえる情報を掲載してみます。
落合東郭 (慶応3・11・19-昭和17・1・9)
名は為誠。字は士応。別号・可窓夢読騒人。肥後熊本の人。堂号を燕帰草堂。元田永孚(東野)の外孫。第五高等学校で教鞭を執った時、長尾雨山。夏目漱石と同僚であった。詩は森槐南の指導を受けた。人品・詩品とも高く 『王漁洋』を宗として神韻縹渺・餘情豊かな詩風。当代屈指の名手と賞賛された。著書に「燕帰草堂詩鈔」五巻がある。
この方が、3代目店主豊太郎と交流があって、
うちが頼み込んでつけていただいたのが
舒文堂という屋号です。それまでは川口屋と号していたようです。
時は昭和十二年夏、すでに豊太郎は他界していましたが
亡き父の遺志を母からきいた4代目又生は、
東京から帰郷した落合先生に屋号をお願することになります。
すると数日して来店され
「君の店には昔から国の文化に貢献した学者文人等が
多く来ていたからこの舒文堂がいいと思う。
大いに国文を昌んにし国の文化を広めるように」
とおっしゃられたそうです。
この揮毫はその時お持ちいただいたものです。
佩文韻府中(はいぶんいんふちゅう)という漢詩の一節で
「舒文重国華」
文ヲ舒(の)ベテ国華ヲ重ンズ
という文句の頭の2字をいただいたものです。
舒はのばすという意味で
文化、文物を広め国華を大事にする
ということです。
国華とはつまり社会的なすばらい業績や成果のことであると思います。
ですからうちのキャッチコピーは
「書物文化の愉しみをひろげる店」
とさせていただいてます。
今も店内に先生の揮毫が掲げられていますので
御来店の際はぜひご覧になってください。
Posted by koreyoka at 18:25Comments(0)|TrackBack(0)|
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